読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

とんかつ

アダルトチルドレン克服日記

思い出したこと

色々考えていたら、昔のことをいろいろ思い出した。

自分が思っていたより、さみしい気持ちもあったみたい。

 

習い事から帰ってくるとき、家に電気がついていないとがっかりした。

土曜日の半日の日、家には仕事が休みの父がいて、それがとてもうれしかった。

特になにかしてくれるわけでもないけれど、父が家にいることがうれしかった。

母が、平日に休みをとって家にいることが、とてもうれしかった。

その記憶はあるけど、多分日数にしたら私が小学生の時のあわせてもほんの数日。

だけどとてもうれしくて、家に走って帰っていた。

学校の行事に親がこないのは当たり前だった。

そこに関しては、さみしいとすら感じていなかった気がする。

最初から諦めていたのかもしれない。

運動会についての記憶がなくて、でも多分弟の運動会のときの写真がアルバムにあったから、来てくれてたのだと思う。思い出せないけれど。

小学校のときに、体育でけがをした。

けがというか、バッドのスイングが顔に直撃した。

鼻血がどばどばでて、その日はたしか早退した。

けれど、親に連絡しなかった。親に連絡をしようと思いつきもしなくて、母が帰ってきてから「連絡してくれればよかったのに、病院に連れて行ったのに」と言われたことを覚えている。

発表会を見に来てくれて、で、感想が「キャミソールの長さが違っているのがすけていて恥ずかしい」だった。ほめてくれたっけ?記憶にない。記憶にないだけだと思いたい。

大学でも発表会があって、はるばる県外に見に来てくれたことがあった。

やっぱり先輩たちはすごいんだね、だって。まあね、すごいさそりゃ。

親に怒られたあと、私はすぐによって行って、どうでもいい話で話しかけていた。

無視された。父にばかだな、と言われた記憶がある。

機嫌取りだったんだな、と今思い出して思う。きっとほかにも親の機嫌をとるようなことをしていただろうと思う。思い出せないけど。

母を喜ばせようとやったことで、結局怒られたことがあった。

何をしたのかは忘れたけど、母のためにしたことで怒られて泣いている自分がかわいそうで、また泣いたのを思い出した。

自分をかわいそうだと思うことがたびたびあったような気がする。

自分がかわいそうにならないために、色々なことから逃げてしまったりするのかもしれないなと気が付いた。かわいそうだと人に思われることがどうしても嫌で、去勢をはってしまうことが多かった。

前カウンセラーに、「一人で泣けますか?」と言われた。

むしろ私は人前でのほうが泣けない。というか、人前でなくという概念?を知ったのが大学の時。

友人が、「私は誰かと一緒にいないと泣けない」と言ったときに知った。

子供のころ、親の前で泣きたくなかった。

怒られて、自分の部屋にこもって泣いていた。

だから、泣くのは一人ですることだと思っているんだと思う。

私がいいなと思うもの、なんでそんなこと出来るんだろうと思うこと、それってみんな、子供のころから当たり前だったのかな。だから、抵抗なくできるのかな。いいな。

歩いているときに、近くの家から夕飯を作っている匂いがした。

料理中の匂いって、なんか独特。出来上がった匂いとも違う、夕方の、お母さんがごはんをつくる匂い。

私、この匂いをあまり知らない。あまりというか、ほとんど知らない。

ふと、この匂いはもう自分には手に入らないのだと思ったら、とても悲しくなった。

今も涙がとまらない。

諦めていたようで、本当はとてもほしかったものに気が付いてきた。

そして、私はまだそれを受け入れられていないのかもしれない。

今からだってほしい。